所属している団体の話、つづき
- 和来堂 田畑
- 2025年12月4日
- 読了時間: 3分
書き始めたらとりあえず最後までやらないと、治療院の宣伝ができないので、書きます笑
福山市で16年治療院を営んでいますが、これは僕の技量というより良い人とのご縁のおかげだと思います。
開業までに京都の呑気堂治療院という難病患者さんを多く抱えている治療院で三年間修業したので、それなりの事はできると自負していました。しかし、いざ外の世界を見てみると、自分より技術、知識、熱意がある色々な先生がいて、圧倒されつつ、仲良くして頂き、要所要所で助けてもらい学ばせてもらいました。これがなければここまで続けてこれなかったと思います。
そのなかで日本中医学会という大阪に本部がある学会に入った話です。
入会当時は医師と薬剤師ばかりで、鍼灸師は数えるほどしか在籍していませんでした。
学会の内容は漢方薬がメインだったのですが、代表理事の木本先生が鍼灸を強く推していたので、徐々に鍼灸の発表や実技が始まりました。当時はほぼ毎月大阪に勉強会に行っていたこともありました。それほど医師が鍼をするのが珍しかったし、効果を出せていることに感銘を受けていました。僕は鍼灸師なので漢方は出せませんが、ここから僕の趣味の漢方が始まっています。
本当に色々な症例を見せてもらいましたし、東洋医学が効くと何十人も集まった医師が言っている環境の中にいたことが、僕の鍼灸師としての自信につながっていると思います。
福山にも漢方を中心に診察をされる先生が何人もいらっしゃいますが、僕の医師とのつながりの基本はこの日本中医学会と福山漢方談話会です。この福山の会の中で僕が発表したり講演を依頼されたこともあり、福山大学や国立医療センターでも講演をしたこともありました。今思えば拙い発表だったと思いますが、それだけ当時の自分より進歩しているのだろうと都合のいいように思っています笑
長く続いた医療センターだよりの漢方コラムも数回載せていただきました。内容は井口会長に沢山添削されましたが、いい思い出です笑
福山漢方談話会ではベテランの医師が多い中で勉強していたので、若輩者の僕は教えて頂くことが多かったのですが、特に僕の事を気にかけてかわいがって頂いていた井口敬一先生、倉敷の山岡秀樹先生、もう引退されましたが肝臓医の江草國之先生には感謝の言葉もありません。福山に何人もの「モノ言う親父」がいた僕は本当に幸せ者だったと思います。
他にもお世話になっている先生がたくさんいるのですが、さすがに書ききれません(^^;)
そして約9年前にフェイスブックで知り合った一人のアメリカ在住の日本人中医師(鍼と漢方を出せる免許)を、ひょんなことから福山漢方談話会にお誘いするところから僕の董氏楊氏奇穴が始まります。
つづく
写真は福山医療センターだよりのコラムを集めて記念刊行された冊子です。70回のうち3回、僕が担当させていただきました。その一つです。 僕の上の欄の加藤尚司先生は福山漢方談話会の名誉会長です。長らく福山市新涯町で医院をされてましたが、惜しまれながら御引退されました。お世話になった先生の一人です。感謝。





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